案内終わり♪
11回目を迎えたミニ研修会は、雨の合間に盛岡市で開かれました。2025年5月31日に手でみる博物館・先人記念館の見学を中心に開催されました。
参加者19名(内ガイド3名)。関東を中心に兵庫・京都・静岡・岐阜・秋田から集まりました。
「視覚障がい者のための」と標榜して視覚障害者を優先とした博物館です。その創始は自らも視覚障害者であった桜井政太郎(1937年―2016年)氏の収集によるもので、その所蔵品を川又若菜館長が引き継いで、自宅に収蔵したものです。
タクシーで到着すると館長ご家族の出迎えで館内へ。所狭しと収集された収蔵品は、2階にテーマ別(・世界一番、生命等)に整理されています。大きな収蔵品は、ガレージに保管され、新幹線の車輪、ジャンボジェット機のタイヤ、レール等があります。全てが触って確認ができます。触れなくては分からないことを実感しました。よくぞここまでの物を収集できたかと感動するばかりでした。
館長からはたくさんの示唆をいただきました。幾つか印象に残ったことを紹介します。
『百聞は一触にしかず』、大きなものを見る前に小さい模型などから概要を知る。同じ縮尺で比較する。猛獣等でもここで剥製を触ることで本物の理解が深まる等です。
館長からクジラ類とサメとの話題の中で、哺乳類と魚類との鑑別を説明していただきました。
盛岡の名物は色々ありますが、盛岡冷麺4種の中から選んで食事をしました。桑の葉を練りこんだ麺は珍しいですね。普通の盛岡冷麺には西瓜がトッピング。早くも夏を感じました。
柴内先生については、配布資料と盛岡市先人記念館(盛岡市本宮字蛇屋敷2−2)で学芸員の説明を聞きながら見学して学び、そして盛岡視覚支援学校近藤健一校長が用意されたラジオ放送での柴内先生の声の録音を聞かせていただきました。
柴内先生の声を聞いて、参加者の頭の中にはどんな人物が浮かんだのでしょうか。
先人記念館では、新渡戸稲造(1862年―1933年)、米内光政(1880年―1948年)、金田一京助(1882年―1971年)等、明治期以降に活躍した盛岡ゆかりの先人130人が紹介されています。
参加者は「あの方も盛岡に由緒・縁があったのか」と驚いていました。
その一つは、新渡戸と盲女子の斎藤百合(1891年―1947年)との関連でした。
斎藤百合は、日本の社会運動家であり、盲人女性のための教育施設・福祉施設(武蔵野盲婦人会・陽光会ホーム)を設置し、盲女子の地位向上に力を尽くしました。その経歴の中で、1918年(大正7年)4月に開校間もない東京女子大学高等部に入学しましたが、その初代学長は新渡戸でした。新渡戸の女子教育理解の一端があったのかと思われます。
新たな出会いで、食事や移動の合間に研究の話題や情報交換をし、アドバイスをもらう機会にもなりました。
次回のミニ研修会の企画も色々と検討中です。
会員以外の方は、ぜひ本会に入会して好奇心を刺激してみてはどうでしょうか。
本文ここまでです。
ナビ終わり♪
Copyright 2015 日本盲教育史研究会, All rights reserved.
英語:Japan Society on the History of Blind Education
エスペラント:Japana Societo pri la Historio de Blindul-Edukado(ヤパーナ ソツィエート プリ ラ ヒストリーオ デ ブリンドゥール・エドゥカード)
ここがページの最後です♪